2026/02/10|理想に抱いていた幻想

養われて生きるのが
自分の理想だと思っていた

しかし実際は少し違ったようだ

その生き方を許してくれる人が
わたしの目の前にいざ現れたとき
本当にいいのだろうかと感じてしまった

理想という幻想

お金は払うから好きにしていいよ

仕事から解放されたとき
私たちは何を求めるのだろうか

一時的な満足感は得られても
すぐに飽きて退屈になる気がする

情熱を傾けられるものがあるのなら
ひたすらそれに時間をかけるだろうが
私の趣味はありきたりな娯楽

仕事がない状態を求めていたのではなく
時間を忘れて熱中できるような
特別な何かを求めていたのかもしれない

自分の価値を疑問に思う

自分にとってお金の価値は重い
仕事で稼ぐというハードルは高い

わたしが相手に与えられるものは
その価値に似合っているのだろうかと
疑問に思ってしまう

人それぞれ得意不得意があるし
どこに価値を感じるかは異なるのだから
悩む必要もないと思うのだけれど

私の公平でありたいという信念が
社会的な目線からみた歪さを
受け入れられずにいるのかもしれない

価値はオークションと同じ

わたしにとって価値のない商品
大金を払ってでも買いたい人がいる

価値のアンダーラインを決めるのは
サービスや商品を提供する側だが
価値の有無を決めるのは対価を払う側

自分の価値を安売りする必要はないし
売りたくない相手なら断る権利もある
高く買おうとする人を止める必要もない

それでも忌避感を抱いてしまうのであれば
自分の価値がもっとあると信じているか
期待を裏切ってしまうのが不安なのだろう

保留という決断

今すぐ決めなくてもいい

自分の気が変わるかもしれないし
相手の気が変わるかもしれない

決め手となるピースが欠けているなら
協力して探すのも手だと思う
無理に埋める必要もないと思う

ハッキリとした言葉には出来ずとも
違和感を抱えている事実があるのなら
それは先延ばしではなく保留という決断

悩みと距離を置いてゆっくりしよう

時間経過を挟まなければ
生まれてこない材料や発見があるはずだから