何のためにブログを書くのか
理由をハッキリさせようと
過去に書いた文章を読んでいた
数日前の記事に書いてあったのは
理由は曖昧でもいいじゃないかという
自分自身で出した答えだった
一貫性を求めてしまう
今までの人生を振り返ると
わたしは周囲の人から
信頼されていた方だと思う
学級委員や部長や委員長などの役職を
お願いされて務める機会が多かった
誰かをひいきしたり差別したりせず
一貫性のある言動をしていた
それが正しい在り方だと考えていた
自分の感情と向き合うには
他人の目を気にしてしまう一貫性を
捨てる必要があるのかもしれない
時代とは逆行している
過去のデータから発言を掘り起こせる
感想ではなく論理的な主張を求められる
言動の一致が求められる時代
他人の意見を聞くたびに考えが変わったり
感情的になって発言したりする人は
気分屋で思考力が乏しいと思われてしまう
自分の考えが揺れているのは理解している
何度も似たような発言を繰り返して
自分に言い聞かせて見えるかもしれない
それでも正直に思考を書きたい
そのとき本気で考えている内容だから
自分を受け入れる
理想や嫌悪する人物像を理解して
バイアスを減らしたうえで
自分という人間を受け入れる
ダメだと思ってしまう自分も
改善して身に着けてきた能力も
すべて捨てた上で感情を探す
自分の感情を素直に認めるのが
ここまで難しいとは思わなかった
変わらない自分は存在しないという
仏教の無我が頭の中でチラついているが
今は感情に焦点を当てて過ごしたい
もっと気楽に考えて生きよう
しっかりするのはその後にしよう
文章をまとめようとして
ベースの思考に戻ってきてしまうあたり
まだ一貫性の癖が抜けていないのだろう
