2026/02/19|やりたいことと無駄なこと

やりたいことが見つからない

この言葉が思い浮かんだとき
将来性や収益性というフィルターを
自分でかけているのだと感じた

やりたいことのハードル

やりたいことを考えるとき
生産性がなければいけないと思い
消費的活動を除外してしまう

私は今 "Minecraft" がしたい

しかしゲームのプレイは
配信や投稿でもしない限り
生産性がないと言える

創造性を育てられる
ストレスの緩和になる
マルチで交友関係を築ける

そんな理由を付けてようやく
やりたいこととして許容できる感覚

やりたいことは損得抜き

お金を使う行為
時間を浪費する行為
健康や体裁を害する行為

そんなにかかるならやめよう
そこまでしたくはないかな

バランスをとっているようで
実はリスクを過大評価して
行動を避けている気がする

お金があったら旅行している
時間があれば友達に会っている
人の目がなければ好きな服を着ている

あらゆる制限を外したときに
こうするであろうという行動が
本来の自分が求めている在り方

結局のところ色んな言い訳をして
今の生活で満足していると
思い込みたいだけなのかもしれない

生産性の奴隷になっている

なぜ私たちは何も生みださない時間に
価値を見いだせないのだろうか

……

……

……

……

……

こんな空白の時間を作り出しても
きっと何か意図があるはずだと考えたり
時間の無駄だったと思ったりする

無駄という贅沢を楽しんでいるとか
頓智のような解釈まで持ち出して
無駄という時間を認めない

時間にも心にも余裕がない

言い方は悪いけれど
生産性の奴隷になっている気がする

無駄を笑える生き方

本当に時間を無駄にしたなと
笑って過ごせる人になりたい

もし他人から何か言われても
やりたいことをやっているから
別に無駄でもいいんだよと伝えたい

やりたかったなら無駄じゃないとか
無駄を避けるような発言をしたくない

価値がなくても無駄だとしても
それを受け入れて過ごせるのが
私の求めている生き方かもしれない

時間が有限だと捉えている
生産性を求めてしまう
やたらと無駄を嫌っている

上手くまとまらないけれど
このあたりの解釈を変えられたら
楽しく過ごせるのではないかなと思う