自立するという言葉が苦手だ
迷惑をかけていると意識させられるせいか
存在を否定されている気持ちになるからか
うまく言葉にできない違和感を覚える
そもそも自立とは何だろうか
社会に所属している時点で
ひとりで生きているとは言えない
自立は主観や個人の尺度で決まる
自己肯定や他者否定に使われており
どこまで自分が許容できるかを
表明しているだけのような気がする
自立という言葉
他者に頼らずとも
問題なく生活できる状態を
自立と言っている人が多い
特定の人物に依存しないのを
自立だと捉える人もいるだろう
では食料自給率100%でない日本
またその国で暮らす私たちは
自立していると言えるのだろうか
家族や友人を心の支えとして
仕事や勉強をしている人たちは
依存していないと言えるのだろうか
会社や従業員に頼って稼いでいる
貨幣制度や書類契約を信用している
社会保障を使って生活している
他者との関係で成り立つ世界
その中で自立しているというのは
願望であり幻想なのかもしれない
自立の神格化
何者にも頼らないという状態が
神格化されているように感じる
私も万能な人間に憧れていたし
何でも自分ひとりで出来るのが
カッコいいなと思っていた
しかしその裏には頼れない弱さがある
他人に助けてもらうのは申し訳ない
誰かに支えてもらうのは心苦しい
任せるより自分でやった方がいい
優しさや協力や迷惑という認識が
ごちゃ混ぜになった結果
距離を置くという無難な選択をする
それが頼れない生き方に繋がる
社会での自立は実質不可能だからこそ
憧れるし神格化してしまうのだろう
共存から生まれる自立
これは私の願望も含まれているが
多くの人が誰かの役に立ちたい
誰かを助けたいと思っている
他者を寄せ付けない自立した人よりも
協力し支え合える存在を求めている
相手の役に立てたという達成感や
喜んでもらえたという貢献感を求めている
もしかしたら自立とは
社会のなかで提供できる自分の価値や貢献を
把握している状態を指すのかもしれない
汎用性のある自立もあれば
限定的な自立も存在していると考えれば
結局のところ自立は自己認識である
自立しているかどうかは自分が決める
自立したいなら多くの人と関わり見つける
どことなく矛盾している感じが面白くて
自立という言葉がすこし好きになった
