自分という人間を
勘違いしていたのかもしれない
自分のためと他人のためを
混同していたのかもしれない
すこしだけ気分が落ち着いたので
この記事にまとめて置こうと思う
性格診断による弊害
内向や外交という枠にとらわれて
自分の感情を見失っていた
ひとりでいるのがベストというような
単純なまとめかたは適切ではない
外に居ると他人の目が気になる
外交的に振舞えるが自然体とは言えない
だが親しい人といるのは苦ではない
誰とどのように関わるのか
診断では語られない要素こそ
重要なポイントだったのだと思う
ひとりだと無気力気味
見えないところで努力するのは
苦にならないし好きですらある
しかしその動機や起点になるのは
自分ではなく常に他人だった
人から誘われたりお願いされたり
他人のために行動するときに
力を発揮できていたように感じる
わたしという人間は
自分自身のために生きるのは
難しいのかもしれない
誰かのために生きたいのかもしれない
すべては自分のため
家族のために働いていると言って
偉そうな態度をとる人に違和感を覚える
生きている働いているというのは
あくまでも自分の責任を果たしたり
自分の欲望を満たしたりするもの
他者貢献という自己肯定感を得ながら
尊敬や敬意まで得ようと強要するのは
すこし傲慢であるように感じる
自分の思い通りにならない
何かしらに対する苛立ちを
他人に転化しているだけな気がする
ひとのために動ける人でありつつも
自分の機嫌は自分で取れる人でありたい
